2018/02/19

輝く竜の鱗の物語

お腹を空かせた人間の子供を見かねた竜は「これをお売り」と、その身から輝く鱗を一枚剥がして手渡しました。

鱗を受け取った少年はその美しさに目を丸くして見惚れていましたが、やがて「ありがとう」と言ったきり街の端にある商店へと駆けていきました。
「りんごを1つくださいな」
店の奥から腰の曲がった男性が出てきて、子供の無邪気な笑顔を認めて微笑みました。
寒空の下、小さな背中を丸めて路地を歩く少年を見るたびに心を痛めていたのです。
さっそく大きめのりんごを1個選び、いつものように銅貨を受け取ろうとして、彼は仰天しました。
代わりに握られていた七色に光り輝く鱗は、どう見てもこんなボロボロの商店よりも高価なものです。
しかし、子供がこれを売ろうとしたところで、きっと真っ当な交渉はしてもらえないでしょう。
そっと少年の手を押しとどめて彼は言いました。
「すまんが、儂はこれを受け取れん。じゃが、儂の倅のところに行ってみるといい。
教会に行けば会えるはずじゃ。これは持って行け」

もらったりんごを頬張って、少年は主人の息子がいる教会を目指しました。
教会では年配の男性が神の教えを説いているところでした。
少年も後ろの列に座って聞きましたが、何やらよく飲み込めません。
説教が終わって彼は神父のもとを訪ねました。
「私なら信用もあるから交渉ができるだろうと寄越したのですね」
鱗をしげしげと眺めながら神父は言いました。
「わかりました。うまくやってみましょう。
今日は葬儀の準備で忙しいので、明日の午後になると――」
「あの…」
「どうかしましたか」
「神様はいつも見てくださってるの?」
「そうですよ」
「ぼくみたいな子どものことも」
神父は少年をじっと見つめて口を開きました。
「もちろん。よければこの教会で暮らしませんか。
そうすればもっとお話もしてあげられます」
この申し出が何を意味するか少年は正しく理解していませんでしたが、彼はこくりと頷きました。

それから10年の歳月が過ぎました。
少年は神父のお使いをしたり説教を聞いたりしながら、立派な青年へと成長しました。
ある日、青年が買い物に出かけると一瞬だけ空が暗くなったようでした。
街の人も特に気づいた様子はありません。
ふと10年前のことを思い出し、彼は街の外れまで足を伸ばすことにしました。
神父の父はずいぶん前にこの世を去っていましたが、彼は1年に1度はここを訪れるようにしているのです。
懐かしくなって青年は辺りを見回しました。
すると、長い髪の女性が街を出ようとしている後ろ姿が目に留まりました。
その姿は凛として美しく、その髪は銀色とも金色ともつかず光り輝くようでした。
そしてどこか懐かしさが胸に溢れるのです。
青年は声を掛けたいと思いましたが金縛りにあったように動けません。
彼女が建物の陰に姿を消した瞬間、彼は後を追いましたが、もう見当たりませんでした。

がっかりしながら教会に戻って来た彼は、教会の周りが騒がしいことに気が付きました。
人だかりの中に身を投じると、何人かが青年に憐れみの言葉を掛けます。
嫌な予感がして彼は教会の中へと急ぎました。
予感は的中しました。
神父が倒れたのです。
すでに医師が診察を終えたところでした。
「…残念ながら、打つ手はありません」
彼は絶望に打ちのめされました。
「10年前にも全く同じ症状の人間が出たのです。
あの時は若い女性でしたが、彼はあと数刻ももたないでしょう」
神父は部屋で寝かされていましたが、一目で高熱で苦しんでいるとわかります。
「父さん」
青年が言うと、神父が青年の名前を呼びました。
「そこに…いるのですか」
「傍にいます、父さん。僕が何かしてあげられることはありませんか?」
「……」
熱のためではなく何か思案しているような間がありました。
やがて神父はかすれた声で話し始めました。

あなたが10年前に私に預けた光る鱗。
あれを私は翌日の葬儀の後に売りに行きました。
交渉はとんとん拍子に進みました。
しかし、あなたはまだほんの子供でそのまま渡しても仕方ありませんでしたし、提示された大金をしまっておく場所も無かったのです。
私は交渉を取り止めて部屋の鏡の裏に隠しました。
いつかあなたが使えるように、思い出として残すこともできるように。
約束を破って嘘を吐いていたのです。
私は悪い父親です。

青年が鏡の裏を調べると、先ほどの女性の髪と同じ色に輝く鱗が出てきました。
「父さん、ありがとう。
僕はここで不自由なく過ごさせてもらいました。
あなたは最高で自慢の父親です」
ほどなくして神父は息を引き取りました。
葬儀の準備をしなければならないと思いましたが、喪に服する前に彼にはやるべきことがありました。

教会に来た日と同じように片手に鱗を握りしめて、彼は全速力で街外れへと向かいます。
夕日が街の傍の丘を金色に染め上げていました。
そして、それを見つめる竜がいました。
「竜よ、僕を覚えているか」
「もちろん。あの時の子供だね」
そう言いながら、竜は翼の下に何かを隠したようでした。
「僕はこれをあなたにお返しに来た。
今さら意味は無いかもしれないが、元々あなたの一部だったものだ」
青年は手を広げて鱗を差し出しましたが、竜はそれを拒みました。
「驚いた。今頃、どこかの館にでも飾られてるだろうと思っていたのに」
「優しい人に出会ったのだ。
売りはしなかったが、きっかけにはなった。感謝している」
「そう。それはお前が自由に使いなさい。
前に言ったように、売ってしまってもいいのだよ。
もしもここまで言っても頑固に持っているようなら――」
竜の体は丘の草と同じように金色に輝いているように見えました。
「会うこともあるかもしれないね。
私はきっと10年後にまた戻って来る。今度はもう少し早いかもしれないけれど」
青年と竜はしばらく黙って、太陽の最後の光が消えていくのを見守りました。
彼らは黙ったまま別れました。

竜は青年が去った後、鉤爪で翼の下に隠したものを掴んで飛び立ちました。
一見すると大きな烏のように見えるそれはすでに命を失っています。
竜は飛びながら深く息を吐きました。
「…お前の大事な家族を守れなくてすまなかったね」



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Twitterでタイトルのハッシュタグが流れて来たので便乗しました。
2時間半くらい。
伏線の張り方がいまいち上手くないですが、色々てんこ盛りにしてしまってわかりづらくなった気しかしません。
突っ込みどころは多いと思いますが、妄想で補完こじ付けしながら温かい目で見ていただけると幸いです。
タグの発祥の方に迷惑にならないよう祈りつつ。

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