ほかの方のオスキツ国初期住民とイメージが違ってもご容赦ください。
192年13日
「ウィアラさん、あたし、次の試合が不安です」
頼まれていたポト芋とペピを酒場に届けた朝、あたしはつぶやいた。
「何かあったの?」
ウィアラさんは調理場に向かったまま尋ねる。
「剣の腕があまり伸びなくて。次の対戦相手は一筋縄ではいかなそうなのに」
「でも、騎士になりたいんでしょう?
それに、騎士にはもっと強い人がたくさんいるのよ」
「それも不安なんです!
運良く試合を勝ち抜いて騎士になったとしても、あたしじゃ役者不足かも」
「運が味方するのは本当に努力した人にだけよ。
騎士になれたならその人にそれだけの実力や努力があったってこと。
それにね、あなた、試合で負けた経験ってまだ無いでしょう」
「…はい」
「負けた時はそりゃすごく悔しいと思うわよ。
でも、一度そういう経験をすれば、負けることもそれほど怖くなくなるものよ。
はい、ポトとペピの炒め物、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、いただきます」
「ちょっと辛いからね」
あたしはできたての炒め物を口に運んだ。
刺激的な香りが口中に広がり、頭のもやも晴れるような気がする。
「すごく美味しいです」
「良かった。これ、レシピを書いておいたから、家でも作ってみて」
酒場を出ると外は雨模様だった。森の道はすでにぬかるんでいた。
神経を剣の一振りに集中する。
そして、さらに攻撃の威力を上げることに成功した。
そこからは昨日と一変して探索が楽しくなり、ついつい休憩を取るのも忘れていた。
間を空けずに魔獣の森に入ろうとして耳慣れた声に呼び止められる。
「スカーレットさん!」
振り向くとホセが立っていた。
「スカーレットさんが出て来るのを待ってたんだ。
休憩もせずに何度も森に入るなんて危ないよ」
「これぐらい平気」
叱られているような気がして少しむきになる。
「僕が心配なんだよ!」
彼の目は涙で光っていたが、ひどく真剣だった。
「とにかく、休憩しようよ」
「ただ座ってるのなんて退屈じゃない」
「なんなら…ちょっと散歩する?
ちょうど君を連れて行きたいところがあって、呼びに来たんだし…」
彼の言葉は次第に弱々しくなった。
「あたしを連れて行きたいところ?」
あたしはさっきまでの苛立ちを忘れて訊いた。
「まあ…うん」
彼は言葉を曖昧に濁す。それでますます興味をそそられた。
「じゃあ、連れてってよ」
ホセの顔がほんの少し赤くなった気がした。
彼は言葉少なになって、あたしを先導して歩きだした。
森を抜けて練兵場の前を通り過ぎると、白っぽい塔が見えた。
「ここって、幸運の塔?」
「……うん」
途端にあたしの胸は早鐘を打ちだした。
ここに来たことは無かったけれど、噂は聞いたことがある。
観光地としても有名だけれど、国民にとってはそれ以上に重要な場所だったはず。
なぜか頭が真っ白になり、その意味が思い出せない。
ホセがゆっくりと口を開く。
「あの…あのさ、僕たちはお互い知り合ってから長くもないし短くもないよね。
…えっと、つまり、まだ互いに歩み寄る余地があるってことで。
それで、その、僕はスカーレットさんのことをもっと知りたいと思ってる。
君もそう思ってくられったら…」
もごもごと彼は要領を得ないことを言って盛大に噛んだ。
朱に染まりつつある頬をさらに赤くして、意を決したように彼は叫んだ。
「好きです、付き合ってください!」
あたしは心の隅でようやく、幸運の塔の意味を思いだした。
ここは告白の聖地なのだ。
あたしの心は彼の告白にももちろん動かされたけれど、より大きな衝撃もあった。
しばらく持て余していた彼に対する感情に名前が付いたのだ。
あたしは彼に恋をしていた、試合の応援をされた時から。
いや、もしかしたら会った瞬間にはもう恋をしていたのかもしれないとも思う。
子供心の騎士に対する憧れは、助けてくれたあの人に対する憧れでもあった。
その人の面影をホセに見てしまった日から、あたしは惹かれていたのかもしれない。
思い出の人とは似ても似つかない、口下手で涙もろい彼に。
「い、嫌だった? ご、ごめんね、急に…」
あたしは焦っている彼を制した。
「ううん。あたしも、ホセのことが、好き」
「ほ、ほんとう!? じゃあ…」
「これから、よろしくね」
「やったあ!」
彼は嬉し涙で顔をぐしゃぐしゃにしてしまった。
「もう、そんな泣かないでよ」
「だって嬉しかったんだよ」
「なんか、ホセっていっつも泣いてるね」
「仕方ないでしょ、勝手に涙が出るんだから」
あたしたちは笑いあった。
「あ、そうだ、探索の途中だったよね。戻る?」
「うーん、名残惜しいけど、そうする」
「…次の試合、いつだっけ?」
「15日」
「そっか、じゃあしばらくデートはお預けかな」
「ごめんけど、そうなるかも。気分転換したくなったらこっちから誘うよ」
「うん、デートは無理でも時々会いに行くからね」
「わかった、待ってる」
192年14日
2試合目の前日、あたしはチカラを鍛えるために坑道に向かった。
山岳兵が自然と集まる場所だと思うとなぜかムズムズした。
ブラウンはともかく、ドミンゴにあまり会いたくないと思ってしまうのだ。
アンガスとの会話の一件以来、彼は何とも形容し難い雰囲気を放っていた。
森は少し木立を抜ければ明るい日が差すが、坑道は暗いから威圧感が増す。
それでも鍛錬のためと、あたしは重い足を運んだ。
今の実力で手に入る範囲では最上質な武器だけあって、敵を安々と薙ぎ払える。
剣と違って斧は未強化だが、それでも問題は無いようだ。
ホセに注意されたことを思い出して適度に休息を取りながら、探索を続ける。
やがてホセがやって来た。
しかし、いつもと違って今日はキョロキョロと辺りを見回している。
「ホセ、どうしたの? 誰か捜してる?」
「…前に君と話してた山岳兵がいるかと思って」
「何か用事?」
「いや、なんかあの人と話した後、つらそうだったから」
思い当たるのはドミンゴだ。
「あの人、同級じゃないけど、学校で少しだけ一緒だった気がするんだけど」
「ドミンゴさんのこと?」
「うーん、よく覚えてないや。でも、合ってると思う。
何か嫌なこと言われたら僕に言ってね。僕にできることは何でもするから」
「ええっ? でも、ドミンゴさんは友だちだよ。
あたしを困らせるようなことを言う人じゃない、と思う」
断言できない理由を、もちろんあたしはわかっていた。
「そう? それならいいけど。
僕も今日はこの辺を探索していこうかな。一緒に行こうよ」
「ううん、あたしは探索の時は一人がいい。考え事もよく探索しながらするし」
「もしかして試合のイメージトレーニングとかもしてるの?」
「イメージトレーニング…ではないかな。試合とは相手にするものが全然違うしね」
「確かに、魔獣と人間の戦い方は別物だものね。反撃のタイミングとか」
「そうそう」
「…君って、武器を持っている時にすごく生き生きするね」
「え?」
「なんかこう、好きなことをやってるって顔」
「んー、そうかな。楽しいのは事実だよ」
「わかるよ。楽しんでるのが僕にも伝わってくる」
穏やかな語らいと探索に一日は過ぎていった。
ドミンゴは結局姿を現さなかった。
帰り際にブラウンが後から坑道を出てきて声をかけてきた。
「お疲れ。スカーレットさん、今度食事しないか?」
「ありがとう。考えておく」
「ふーん、じゃあ」
途端に彼はへそを曲げて去っていく。
頑固な人はこれだから難しい。
それでも、あたしには今の人間関係で精一杯だ。
今はこれ以上深いつながりを持つことができそうにない。
浅く広い社交界のお付き合いは叩き込まれてきた。
しかし、一人一人と密に接することにはまだ慣れない。
それなのに、恋の駆け引きなんてものすら飛び越して恋人までできてしまった。
この国の国民は愚直で和やかで、王族までが温かい心を他人に開いている。
ホセのまっすぐな想いは、あたしにまっすぐに伝わってくる。
あたしの歪な心は、彼を慕ったが、果たして愛することができるだろうか。
探索に夢中になってお腹が空いたのを急に思い出し、酒場に向かった。
ウィアラさんは料理を出しながらあたしに尋ねた。
「そういえば、そろそろ色んな人と知り合ったと思うけど、好きな人はいないの?」
あたしはドキリとする。
「好きな人というか…」
隠しても仕方がない。正直に言おうとするが、うまく言葉が紡げない。
「恋人が、できたみたいです」
「あら、それはおめでとう! 相手は誰かしら? 聞きたいわ」
「ホセ・コラールです。わかりますか?」
「まあ! コラール家のレオンスさんは有名人なのよ。
今年度の魔銃導師で評議会議長も務めているわ。
そう、レオンスさんの息子さんなの」
ウィアラさんは、まるで我が子を祝うように嬉しそうに目を細めた。
「…もしかして、そういう家系も王族のように交際の約束事がありますか?」
「交際や結婚に規則があるのは、王族と山岳兵長子に限られるわ、安心して」
「そうですか」
「ホセさんは頼りなく見えるかもしれないけど、優しい心を持ってるわ」
「わかります、試合も応援してくれましたし。
それに、あたしが探索で無理してないかって心配していたんです」
「見初められたのね。彼は人に声はかけても、積極的に話せないようだったのに」
ウィアラさんは面白そうに笑って付け加えた。
「だから恋愛は興味深いのよ。さあ、お祝いにデザートをご馳走させてね」
*****
改めまして、紅月です。
本当にこのゲームの告白っていきなり来ます。
前世は追いかけまくって、こっちから告白したのだったか。
なので、いきなり一緒に行こうとなった時はびっくりしました。
もうちょっと掛かるものだと思って文章も控えめにしていたので急展開。
あと、ウィアラさんとの会話は、初日に示唆しているタイミングで明かされるはずだった裏設定に基づいています。
生まれて死ぬ人々の中で、ウィアラさんを始めとした店主系の人々は世代交代しません。
その理由として、からくり仕掛けやロボットのようなものだという設定が、この時空では付加されています。
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