2018/02/05

エルネア王国の日々 192年24日まで その8

※プレイヤーキャラ視点の一人称小説という体です。
ほかの方のオスキツ国初期住民とイメージが違ってもご容赦ください。



 192年18日
 その日、あたしはいつもより遅くに家を出た。
 久々にビーストセイバーを持ち、森に潜る。
 森には普段見かけないヒルデガルト・ピンタードが来ていた。
 ピンタード家には娘が2人おり、ヒルデガルトはその姉だ。
 美人姉妹と有名だが、あたしは妹のオパールには会ったことがない。
 ヒルデガルトは成人になってからずっと引く手数多だったと聞いている。
 しかし、彼女は長く独り身を守り、今年に入って長年の恋を叶えてしまった。
 相手は奏士を長年務めてすでに熟年を迎えたブレソール・シュワルツだ。
 その年の差はなんと10歳、それだけに相手も頑なに彼女を拒み続けたらしい。
 自分と一緒になれば彼女がきっと後悔すると思ったことは容易に想像できる。
 しかし、適齢期を終えようとしてなお貞操を守る彼女にとうとう折れたようだ。
 多くの男性が破れた恋の傷を酒場で癒やしたともっぱらの噂だった。
 彼女はあたしに気づくと少しだけ手を振ってくれた。
 どうやら母親と一緒らしい。
 あたしは少しうらやましくなる。
 家族と和やかな笑顔で会話した記憶は、いくつかの朧げなものしかないからだ。
 「これから釣りに行くんだけど、おすすめの場所はあるか?」
 今日の森はにぎやかで、そう訊いてきたのはブラウンだ。
 ブラウンも最近では遊びに誘いには来なくなった。
 時期を鑑みて大物釣りのスポットを答えると、礼を言って去っていく。
 その時、ドミンゴの姿が見えて反射的に体が固くなった。
 それが伝わったらしく、彼はぎこちなく手を上げた。
 「やあ、元気?」
 「はい、おかげさまで」
 「そう」
 悲しそうな様子に何だか申し訳なくなって慌てて付け加える。
 「ドミンゴさんは?」
 「ん、元気だよ」
 全く元気ではなさそうな顔で彼は言った。
 「じゃあね」
 彼はすっとあたしの横を通り過ぎてどこかへ行ってしまった。
 きっと今の場面をホセに見られたら心配させてしまっただろうと思う。
 いつもなら昼頃には会いに来る彼が、今日は夕方頃にやっと顔を見せた。
 「ホセ…」
 呼びかけてみても言葉が続かない。どう言えばうまく伝えられるだろう。
 「あたし、考えた。ホセにどうしたら気持ちを伝えられるか」
 「うん」
 「…これ」
 あたしは鞄から朝焼いたハニークッキーを出して差し出した。
 「ごめん、料理しちゃったんだ。受け取れないよ」
 怯みそうになる心をなんとか奮い立たせる。
 「あたし、毎日ホセのために料理を作る。
  もし受け取ってもらえなくても、毎日作り続けるから…」
 安心してなんて言えない。言えない言葉を言いそうになって呑み込む。
 尻切れトンボになった声が宙に浮かんだ。
 「……参ったな。僕はそんなにされる価値は無いよ。でも…」
 そこでホセはやっと顔を上げてくれた。
 「そこまで君がするって言うなら、僕はそれだけの価値がある男にならないとね」
 涙が頬を伝っているその顔を見て胸がぎゅっと痛んだ。
 手を伸ばして涙の筋をそっと拭うと、彼は驚いた表情を見せた。
 すぐに彼は落ち着いて、こう言った。
 「笑っててって言った僕がこんなふうにスカーレットちゃんを困らせちゃダメだね。
  それに、試合もあるのに僕のことばかり考えさせるのも」
 あたしたちは不器用なのだ。それでも互いを選んだ。
 また衝突することもきっとあるだろう。
 それでも、こうして少しずつ理解し合っていきたい。

 192年19日
 一時期は戦闘力が伸び悩んでいるように感じていたが、ここ数日は体が軽い。
 しかし、防御スキルの新しい型はいっかな身に付かない。
 森でせっせと勤しんでいると、アンテルムから声をかけられた。
 「精が出るね。頑張るのはいいけど、明日くらいはゆっくり休むんだよ?」
 「明日?」
 「あれ、聞いてないの?
  明日は星の日っていってね、一日中日が昇らないんだ」
 言われてみれば、エルネア王国にはそんな日があるとどこかで聞いた気がする。
 「昼間なのに夜みたいになるんだよ。ワフ虫が飛び回るからちょっと明るいけどね。
  なかなか幻想的で聖夜と呼ぶ人もいるよ」
 「へえ、なんだかロマンチックですね」
 それからしばらく掛けて、アンテルム王子は星の日の行事を説明してくれた。
 子どもがお菓子をねだって練り歩くこと、星の日しか咲かない花のこと。
 「私たちのような独身者にとってはエナの子コンテストがいちばん重要かもね。
  勝手にノミネートされてたりするから、身綺麗にしておくに越したことはないよ」
 「えっ、知らない内に、ですか?」
 「うん、いきなり会場に呼ばれるから覚悟しておいた方がいいだろうね。
  私の予想では君は呼ばれると思う」
 「そんな勝手に予想しないでください! ほんとになったらどうするんですか!」
 「はは。でも、エナの子に選ばれることも、呼ばれるだけでも名誉なことだよ」
 「それは収穫祭の儀式からもなんとなくわかりましたけど…」
 「些細だけど大事な役目だ。繰り返すけど、私の予想はよく当たるからね」
 アンテルム王子はそう言ってまた笑った。
 昼頃にホセが森にやって来た。
 「あのさ、昨日のお詫びも兼ねて、明日デートしない?」
 彼からデートに誘いに来てくれたので、あたしは嬉しくなった。
 「いいよ。明日は星の日なんでしょ? 素敵なデートになりそう」
 「そうか、スカーレットちゃんには初めての星の日なんだね。
  故郷ではこういう日は無かったの?」
 「日が昇らないなんて想像もできないよ。
  …それに、太陽神を崇拝する宗教の人から見れば冒涜的だろうね」
 「太陽神ってソル様のこと?」
 「ううん、その宗教では全知全能の唯一神みたい。
  まあ、信者はごく一部の人に限られてはいたけど、なんて言うか、結構過激で…」
 「へえ……スカーレットちゃんが故郷のこと話してくれるのって初めてだね。
  いつもは話したくなさそうなのに」
 言われて初めて気がついた。
 「…ちょっと気分が高揚してるからかな」
 「ちょっぴり近づけたようでうれしいよ。じゃあ、明日街門広場でね」
 行きかけた彼を呼び止めて、あたしは言った。
 「ちょっと待って…はい、これ」
 差し出されたハニークッキーを見てホセがしまったという顔をする。
 「ご飯食べちゃった…ほんとにごめん」
 「ううん、気にしないで」
 前までのように気まずい空気にはならずに済んで、あたしはほっとした。
 その夜、あたしは翌日を待ち遠しく思いながら眠りに就いた。
 エナの子コンテストのことは、その頃にはすっかり忘れてしまっていた。

*****

改めまして、紅月です。
ピンタード家の姉妹の顔が大好きで、子孫を残して欲しかったのに、熟年さんと結婚されてショックだったので背景を一生懸命つくりました。
アンテルム王子は安定して紳士です。
もしかしたら裏の顔があるかもしれない王子第一位もアンテルムさんなんですけど。
ブヴァール王家のお嬢さんはうちでは影が薄いです。
ホセとも仲直りして、星の日にデートができます。

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