2018/02/06

エルネア王国の日々 192年24日まで その9

※プレイヤーキャラ視点の一人称小説という体です。
ほかの方のオスキツ国初期住民とイメージが違ってもご容赦ください。



 192年20日
 収穫祭の日と同じように、あたしは祈りの儀式を見るために朝から神殿に向かった。
 今日は豊穣の祈りよりも厳かな雰囲気で儀式が執り行われた。
 ゆっくりと街を歩くと、青白い光がそこかしこを漂っている。
 仮面をかぶった子どもたちの大人に纏わりついていく声以外は抑えたように低い。
 それでも多くの人が外に出てきているのがわかった。
 旅人のグラシアーヌ・ベアールが幻想的な風景に目を奪われていた。
 「こんな日に大切な人と過ごせる人はとても幸せね」
 彼女は言った。あたしは何も言えなかった。
 「香水でも買えればいいのに。そしたら格好いい男性から声を掛けられるかも」
 「そうかもね」
 彼女と別れたあと、あたしは鞄の中を探った。香水が2瓶見つかった。
 付けて待ち合わせに行ったらホセは何て言うだろう。
 告白された時と同じくらいドキドキしながら手首に付けてみた。
 雪の朝のようなすっとする香りが鼻孔をくすぐる。
 急に恥ずかしくなってバシアス浴場に向かいかけた時だった。
 「スカーレット・ロスさんですね?
  エナの子コンテストの会場へご同行いただきます」
 突然の言葉に反応が一瞬遅れる。
 「あの、あたしこの後約束が…」
 相手は少し驚いた顔をしたが、すぐに何か思い当たって納得したらしい。
 「そちらは待たせておいてください。大切なコンテストなのです」
 有無を言わさぬ口調にあたしはしぶしぶついて行った。
 初めて入る国立闘技場は立派な円形劇場造りで、たくさんの人が集まっていた。
 コンテストはすぐに開会し、男女の候補が4人ずつ中央に入場する。
 入場する時、男性候補者の中にドミンゴの姿が見えた。
 あたしはさっと目を逸らしたが、彼が気づく方が数瞬早かった。
 客席向けの笑顔がわずかに綻びすぐに戻る。
 8人が並び、順に紹介された。
 隣に立っていた農場管理員の女性が深く息を吸って小声で言った。
 「いい香りね」
 候補者を決めるのはコンテスト委員会で、そこから選ぶのは国民の投票だ。
 開票後、男性のエナの子が先に発表された。
 「男性候補者4名の中でもっとも上位に輝いたのは、ドミンゴ・ロナーティ!」
 大きな拍手が沸き起こった。あたしも拍手した。
 「続いて女性のエナの子を発表しましょう」
 あたしは他の候補者3人の顔をいま一度盗み見た。
 何度か挨拶したことのあるアニセー・ルサレタが緊張した面持ちをしている。
 誰が次のエナの子になるだろう。
 「――スカーレット・ロス!」
 一瞬空耳かと思った。こだわってもいないはずなのに空耳なんて。
 そして即座にその言葉が現実であると知った。
 会場のみんながあたしに向かって拍手をしている。
 驚いて横に並んだ候補の女の子たちを見ると、3人ともあたしに笑顔を向けていた。
 「ありがとう、ございます」
 商品を受け取って候補者の控えスペースに戻ると、あたしの案内人がいた。
 「おめでとう。人を待たせているのでしたね。
  さあ、もう行ってよいですよ。良い報告をしていらっしゃい」
 「ありがとうございます」
 あたしは急いで待ち合わせ場所に向かった。
 「ごめんね、遅くなった」
 「ちょっと心配したよ。ん、なんだかいい匂いがするね?」
 「そう? 香水付けてみたんだ。でも、ちょっと恥ずかしいな」
 「すっきりした香りがスカーレットちゃんに似合ってると思うよ。
  香水なんて興味なさそうだったから少しビックリしたけど」
 「…もっとビックリする報告があるんだけど。
  ここだと人も多いから移動しよう」
 あたしたちは星の日が特に美しいという水源の滝に向かった。
 「報告って何?」
 「…エナの子コンテストに出された」
 「ほんとう!? あ、それで遅れたんだね。
  じゃあ見に行けばよかったなあ。迷わずスカーレットちゃんに投票したのに。
  どうだった? 緊張した?」
 「うん、かなり」
 「はは、そうだよね、たくさんの人に品定めされるんだから。
  それで、今年の優勝は誰に決まったの?」
 訊かれてどうしても目を伏せてしまう。
 「……」
 「名前忘れちゃった?」
 「…あたし」
 「ええっ!? すごい!! スカーレットちゃんがエナの子!?」
 「お、大げさだよ、ホセ」
 「恋人がエナの子に選ばれたんだから嬉しいよ。
  あ、でも、これで君がモテちゃったらちょっと淋しいかも」
 「そんなこと、まだわからないよ」
 「そういえば、男性側はどうだったの? 誰か覚えてる?」
 あたしは口ごもった。けれど、どうせ黙っててもすぐにわかることだ。
 「ドミンゴさんだったよ」
 「そうか。大丈夫?」
 「あたしは平気。
  エナの子だからって別に豊穣の祈り以外は会うことも無いんでしょ?」
 「そうだけど、それにかこつけてスカーレットちゃんに近づいたりしないかな」
 「もしそうなっても、今ならちゃんと対応できると思う」
 「どうして?」
 「何かあってもホセに頼れるって思ったら、頑張れる気がするから」
 その言葉にホセは顔を赤らめた。
 あたしも気恥ずかしくなって話題を変えた。
 「滝ってすごい迫力。あたしここに来るまで滝なんて見たことなかったから」
 「滝を見たことがない?」
 「うん。家の周りに噴水ならいっぱいあったけど。
  親子でこの辺に遊びに来たりするんでしょ?」
 「子どもは森の小道なら探索が許されてるし、この景色も馴染み深いよ」
 あたしたちは飛び石を渡って滝に近づいた。
 滝の音が大きくなり、隣りにいても叫ばないと互いの声が届かない。
 「ワフ虫だっけ、水しぶきと光が入り乱れてすごく綺麗。
  今日、ホセとこれを見られてよかった!」
 「僕もそう思うよ!」
 「……これからもずっと――」
 「えっ? ごめん、聞こえなかった!」
 「ううん、何でもない!」
 あたしは岸に戻って、持ち物から今朝作ったホットチョコレートを出した。
 「今日はこれ、どうかな?」
 「ありがとう。今飲んでもいい?」
 「もちろん。口に合うといいけど」
 「…甘くてすごく美味しいよ。心がこもった味だ」
 「よかった……ん?」
 「どうかした?」
 「なんか、見られてる気がする」
 そう言って滝へ来る一本道の横の茂みを見つめる。
 茂みの向こうから小さな声が聞こえてきた。
 「もしかして、バレちゃったかな?」
 「そうみたいだね」
 やがて数人の男性が歩み出てきた。
 アンガスやアンテルム、エステバン・ウォレス、ステファン・ビアンコもいる。
 ステファンが口火を切った。
 「やあ、ロスさん」
 「ビアンコさん、一体いつからいたんですか?」
 「どうでもいいでしょ。オレたちは、えーと、何だったっけ?」
 「ビアンコさん、スカーレットさんが困ってますよ。
  失礼、私たちは釣り名人に今日の穴場を教えてもらおうと思って来たんですよ。
  まあでもその前に、エナの子コンテスト優勝おめでとう」
 「…わりと大所帯でそんな所でコソコソしてたのが気になりますけど」
 「気にしない気にしない。それよりおめでとう。
  ロスさんが最高にチャーミングだったから、一票入れたんだよ」
 そう言って割り込んできたのはアンガスだ。
 わいわいと賑やかな一団に穴場予想をしていると、集団の後ろにドミンゴがいた。
 ホセがハッとしたが、あたしは彼を目で制した。
 ドミンゴはあたしの前に立って言った。
 「優勝おめでとう」
 「ありがとう。ドミンゴさんこそおめでとうございます」
 「さっきもらったウィムの香りだけど、僕は香水とか興味ないんだよね。
  良かったらもらってくれないかな」
 あたしは深呼吸を一つして気持ちを落ち着けた。
 後方ではホセが気を揉んでいるのが何となくわかる。
 「ありがとうございます。でも、受け取れません。
  他のお友だちをあたってください」
 「…そう、残念だな。ところで…」
 ドミンゴがホセを一瞥する。
 「恋人?」
 「…はい」
 あたしがそう言うと、ドミンゴはホセの方を向いて言った。
 「この子、今日エナの子に選ばれたから、男からのアプローチが増えると思う。
  しっかり守ってやってね」
 ホセは虚を突かれたように突っ立ってしまった。
 ドミンゴはあたしたちに軽く挨拶して立ち去った。
 ホセがふうっと息を吐いた。
 「釣り大会で君の名前はすでに知られてる。
  そこにエナの子コンテストで知名度とともに人気も急上昇って感じか。
  この上騎士になったらモテクイーンにでもなっちゃうんじゃないの」
 子供時代にお仕着せのドレスを着て行かされた社交界を思い出す。
 華やかに上辺を着飾った婦人とそれに群がる紳士という名の狼。
 「いつかあなたもあそこに立つんですよ、老若男女の視線を浴びて。
  ほらほら、愛想良くご挨拶して。ただでさえ目つきが恐いんだから」
 頭の上から次々飛んできた母上の言葉が耳に蘇る。
 「注目の的になんて別になりたくない。
  たくさんの人と会うよりも、一人大事な人がいればいい。
  いつもそう思ってた」
 言葉がひとりでに口からこぼれた。
 「スカーレットちゃん」
 「ううん、今のは忘れて。
  あたしがエナの子に選ばれたからって、あたしたちの関係は変わらないでしょ?
  そろそろ帰ろう。
  毎日少しでも動かしとかないと体がなまっちゃうし、明日に備えて早く寝ないと」
 あたしたちは何事も無かったように木造橋まで一緒に歩いた。
 「じゃあ、また明日ね。
  そうそう、星の日は森に珍しい魔獣もいるらしいよ。行ってみたら?」
 「へえ、ありがとう、行ってみようかな。また明日」
 深い森に潜ると、ホセの言った通り、頭に見慣れない花を咲かせた魔獣に遭遇した。
 倒して花を集めると、何だか力が湧いてくる気がした。
 帰りに思い立って練兵場の横を通って家に向かった。願掛けみたいなものだ。
 幸運の塔を通り過ぎようとすると、ワフ虫が草に止まっているのを見かけた。
 滝のそばでもこういう光景を見た。
 こういうのの中には光の花が混じっていたりするが、それはごくごく稀な話だ。
 かわいそうだけれど、少し近づいて一斉に飛んで行くのを眺めた。
 すると、一匹だけじっと草の上に留まっているワフ虫がいる。
 そっと近づくがなかなか飛び立たないし身動きもしない。
 あたしは惹きつけられるようにその草にかがみ込んだ。
 間近で見るとそれはワフ虫ではなく、光を発する花だった。
 あたしは驚いて見入ったが、意を決して静かに光の花を掘り出した。

*****

改めまして、紅月です。
長かったというより、いろいろ要素を盛り込みすぎた一日です。
いちばんのお気に入りの場面は、イケメンが公に向けた完璧な作り笑顔に、ヒロインを目にした瞬間だけ綻びが生じるところです。
それとドミンゴの引き際のホセに対する態度に、何だかんだと言っても年上の余裕みたいなものがあることを込めたつもりです。
振られ役を悪役にしてはダメですから、最もイケメンな態度で臨ませました。

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