…風?
木々の間を吹く風の音にまじって、なき声が響いてきた。
幼い声…不安で誰かを呼んでいるような、長くか細い声…。
声の主を捜して私は歩きだした。
この森に迷い込む者は少なくはない。
しかし、その多くは私の目に触れること無く森を出ていく。
それは森の意思だ。
無関係な異物は排除される。
森はここに在るべき者をよくわかっているのだ。
私にとってこの森は庭みたいなものだ。
どの木がどこに根を張っているか、どこが傷ついているかも知っている。
見覚えのある木のうろの中に声の主をすぐに見つけることができた。
人間の子ども、女の子だ。
私は光を遮らないようにうろの脇へ屈み込んだ。
入り口はだいぶ狭くなっていて、彼女がやっと通れるぐらいだろう。
私がいきなり覗いたので、幼女は一瞬しゃくり上げるのを忘れて息を詰め、小さな躰をいっそう縮めた。
大きく見開いた目は泣き腫らしたせいか真っ赤になっている。
私はふと違和感を覚えた。
……何に?
幼女が一人で迷い込んだことか、彼女が数瞬で警戒を解いたことか。
「はぐれたのか?」
彼女はちょっと頷いた後にゆっくり首を振った。
捨てられたのだろうか…。
だが、偶然にしてもこんな場所に迷い込むのは何か変だ。
「適当に歩けば出られる」
幼女はすでに泣き止み、私が助けてくれると信じて疑っていないようだった。
うろの中から彼女は私に向かって左手を伸ばした。
私は手を取らずに立ち上がった。
彼女は少し間を置いて自分でうろの外へ出てきた。
「どっちに行ってもいい。すぐに元の場所に着く」
きょろきょろと見回す幼女に、私は自分が来た方向を示してやった。
彼女は私の服の裾を掴んで縋ってくる。
それを強く払い除け――
「出て行け」
彼女が尻餅をつく。
真っ赤な目が潤む。
が、ぐっと堪えて彼女は立ち上がった。
木の葉が厚く積もっていたから、怪我は無いだろう。
冷たい視線を浴びせる私を不安そうに何度も振り返りながら、彼女は歩いていく。
かなり長い時間が掛かったが、最後には幼女は白い点になり、見えなくなった。
これでいい。
自由に次元を渡れる者なら別だが、私と一緒にいる限り、この森からは出られない。
私はくるりと振り向いて、うろがある木を仰いだ。
昔、私もこのうろによく潜り込んでいた。
そこで泣いたこともあった。
もうずいぶん前のこと、1000年…いや、それ以上だ。
ここに閉じ込められた初めの頃だから。
私は何もしなかった。
何もできないのに恐れられ、この森に封印された。
白い髪が、白すぎる肌が、何よりこの赤い目が悪魔の証拠だと…。
「……!」
すっかり忘れていた。
自分の外見を、幼いころの姿を。
封印の中でも次元を渡る実験はどうやら成功したらしい。
これで綻びができ、封印も緩むだろう。
喜ばしいことだ。
また一歩復讐に近づいたのだから。
***○。***○。***○。***○。
魔女集会タグと某茶番の設定を勝手に拝借してちゃんぽんしてできた習作。
1時間半、タイトルはかなり適当、時間を節約した結果。
最初は腕に焼印とか目印を増やす予定でした。
以前にも、現代の桜並木を舞台に幼い日の自分と出会う女性を、書いたか書こうとしたことがあります。
タイトルを付ける段になって、トリカブトとか出しておけば良かったなと思いましたが、小道具や伏線を増やすと本気で推敲するべき作品になってしまうので無くてよかったとも思います。
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